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【読書という荒野】見城徹の読書論 本を読む理由とは?

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皆さんは、「何故本を読むのか」を考えたことはありますか?

 

私は物心ついたときから本が好きで、学生時代は小説、ビジネス書、学術書ラノベ…と、様々なジャンルの本を読み漁りました。本を読む理由は、単純に「楽しいから」でした。

 

しかし今振り返ると、読んだ本の内容を覚えていなかったり、学んだ内容を実生活に取り入れる事ができていないと感じています。

 

書評ブログをはじめるにあたり、まずは読書そのものの目的を学びなおそうと思いたち、こちらの本を読み直しました。

 

皆さまこんばんは。Kadaです。

「読書という荒野」は6月ごろに発売され、書店で平積みされているのを見かけて購入しました。

 

幻冬舎社長である見城徹氏の、熱い読書論です。

 

 

読書という荒野 (見城徹 著)ってどんな本?

読書という荒野 (NewsPicks Book)

読書という荒野 (NewsPicks Book)

 

【出版界の革命児による圧倒的読書論がここに誕生! 】
実践しなければ読書じゃない。
暗闇の中のジャンプ!天使から人間へ。認識者から実践者へ。

適切な言葉を選べなければ、深い思考は出来ない。表現することはおろか、悩むことすら出来ない。人は言葉を獲得することによって人生を生き始める。だから読書することは重要なのだ。本は最も身近で最も安価な人生を切り拓く決定的な武器だ。

amazon 内容紹介より

 

出版社の一つ、幻冬舎の社長である見城 徹氏による読書論です。

見城氏の人生で起きた出来事を語りながら、これまでに見城氏の人生に影響を及ぼした作品を紹介する、という構成となっています。

 

見城氏が圧倒的な量の本を読んでいること、そして、読書から多くの言葉を得たことに驚きます。 

 

 

見城徹氏は何故本を読むのか?

「自分は何故本を読むのか」を突き詰めて考えたことはありますか?

私は「読書趣味」ではありますが、なぜ本を読むのか、読書が一体自分の何に役立っているのかを考えたことはありませんでした。

 

見城氏が考える、「本を読む理由」は以下の用に書かれています。

 

読書で学べることに比べたら、一人の人間が一生で経験することなど高が知れている。読書をすることは、実生活では経験できない「別の世界」の経験をし、他社への想像力を磨くことを意味する。

本のページをめくればめくるほど、人間の美しさや醜さ、葛藤や悩みが見えてくる。そこには、自分の人生だけでは決して味わえない、豊穣な世界が広がっている。

そのなかで人は言葉を獲得していくのだ。

-p4より 

 

読書によって得られるものの一つに、「別の人間の人生を体験できる」ことがあげられます。作品に描かれた他人の人生を通じて、人間社会を理解する上で必要な事を学ぶことが出来ます。

 

もちろん、映画やドラマなどでも多くの学びを得られることが出来ます。

それでも、読書以上にいくつもの人生を体験し、学びを得られる娯楽は他にないと私は思います。映像媒体では、物語の進行を自分で調節することが出来ません。ストーリーの進行に合わせて自分の心の機微をとらえ、対話をする機会を得ることが難しいためです。

 

本を読めば、自分の人生が生ぬるく感じるほど、過酷な環境で戦う登場人物に出会える。そのなかで我が身を振り返り、きちんと自己検証、自己嫌悪、自己否定を繰り返すことが出来る。読書を通じ、情けない自分と向き合ってこそ、現実世界で戦う自己を確立できるのだ。

-p7より

 

見城氏は、「自己検証、自己嫌悪、自己否定の三つがなければ、人間は進歩しない」と仰られています。自己検証とは、自分の思考や行動を客観的に見直し修正すること。自己嫌悪は自意識過剰や自己顕示欲を恥じること。自己否定は、自己満足を否定して新たな自分を手に入れることです。

 

しかし、人間は弱い生き物なので、行動を反省し、自らを律し続けることは非常に難しいです。

読書は、そこに登場する人物たちの生きざまを通して、自らの行いを振り返る指針になります。

 

 

読書は「何が書かれているか」ではなく「自分がどう感じるか」

 

書店に行くと「速読」に関する本を沢山見かけます。私も速読を身に付けようとしたことがあります。

一冊にかけるスピードは短くなっても、読んだ内容をすぐに忘れてしまい、読後感が悪かったため、途中で速読を学ぶのは止めました。

 

ビジネス書や実用書ならともかく、伝記や小説を速読で読むことは不可能です。いくら本を読んでも、読了後に自分の考えをまとめることが出来なければ、あまり意味はないと思っています。

 

見城氏も、読書は「何を書かれているか」ではなく、「自分がどう感じるか」が重要だと述べられています。

 

最近ではあらゆる場所で「教養」の重要性が語られている。しかし、さまざまな情報を知っている人を「教養ある人」だと捉える言説が多いことに、僕は違和感を覚えている。教養とは、単なる情報の羅列ではない。人生や社会に対する深い洞察、言い換えれば「思考する言葉」にほかならない。

だから、「たくさん読むことがいいことだ」という風潮にも異を唱えたい。情報の断片を積み重ねるより、そこから何を感じたかの方が重要だ。

p14より

 

実用書やビジネス書で必要な情報を手に入れることは悪いことではないですが、情報取得のための読書では、他者への想像力を働かせることはできません。

 

自分の頭で考えながら読書をすることがないため、著者と読み手との間のコミュニケーションが発生しないと言い換えることもできると思います。

 

読書を通じて感じたことを自分の心に蓄積することが、思考を研ぎ澄まし、人生を歩む力を養ってくれるのだと感じます。

 

 

自分の読み方を振り返って

「読書という荒野」は、自分のこれまでの読書活動を振り返りながら読み進めました。

私自身、本をたくさん読んできた方だ、という自負がありましたが、見城氏に比べるとその読書量も、一冊にかける情熱も劣っていると言わざるを得ません。

 

社会人として働き始めてから、読むのは新書かビジネス書ばかりになりました。古典といった「体力が必要な」本には手を出さず、惰性で読んだ冊数を重ねるだけの読書をしていたと思います。

「仕事が忙しい」ことを理由に、就職してからの読書量が減少している自分を反省しました。

 

このブログも、読書内容を記録することで、自分の考えや言葉を深化させていく助けになれば良いと思います。

 

読書という荒野 (NewsPicks Book)

読書という荒野 (NewsPicks Book)

 

 

そのほかに読んでみたい本とか

↓高校生ぐらいの時に読みました。社会人になって読んだら、感想が変わる気がする。

たった一人の熱狂 (幻冬舎文庫)

たった一人の熱狂 (幻冬舎文庫)

 

 

↓見城氏が作中でオススメしていた本。話題にはなっていたけれどまだ読めていないです。

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷